こんなかんじ

だいたいいつもこんな感じだからほとんど忘れてしまう毎日の記録

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6月28日 日曜日 雨のち曇り

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一条さゆりの真実 虚実のはざまを生きた女/加藤詩子(新潮社)

Twitterでたまたま(私がフォローしている方が“いいね”をしていたか何かでタイムラインに出てきた)「2代目 一条さゆり」さんという方を知り、「2代目がいるというころとは初代がいるよなぁ」と思って検索してみたら、波乱万丈の人生とはこの方のこと、という凄まじい生涯を送った元ストリッパーの方だと知り、すぐさま関連書籍を探した。数冊あるなかでいちばん真実に迫っていそうだったのが、この本。Amazonでは中古で3,000円ちょっとくらいだったのでうーんと悩んだ挙句、区の図書館に1冊だけ在庫があったので取り寄せた。想像以上のボリューム(1ページ2段で430ページ弱)でびっくりしたけれど、読み始めると止まらず、読後は一条さゆり(本名:池田和子)さんの人生をよくぞこの1冊にまとめ切ったなぁと、作者の加藤詩子さんに感服した。

かつて、1960年代後半から70年代前半にかけて「ロウソクショー」や「特出し」で一世風靡した「一条さゆり」というストリッパーがいた。ちょうど左翼的な社会運動やウーマンリブなどが盛んだった時代背景もあって、引退興行中に公然猥褻罪で逮捕された彼女は「反権力の象徴」としてもてはやされたこともあった。舞台を去った彼女はいくつかの飲食店を営んだりもしたけれど、いずれもカネとサケとオトコが原因で長続きせず、流れ着いたのが大阪は釜ヶ崎釜ヶ崎では男女トラブルから男にガソリンをぶちまけられ引火、火だるまになった彼女は九死に一生を得るものの、それ以降ずっと、大火傷の後遺症に苦しむことになる。結局、釜ヶ崎は彼女にとって終の棲家となり、1997年、68歳の彼女は肝硬変によりひっそりと亡くなった。

一条さゆりと知り合ったフリーカメラマンの作者は、一条さゆりの最晩年の1年半を共に過ごし、当時を含めて5年の歳月をかけてこの本を書き上げた。生前の彼女と過ごした期間は相当の精神的負荷があったことは本書に書いてあるけれど、彼女の死後、関係者へのインタビューによって彼女の人生を辿る作業は、作者にとって本当に精神を摩耗させる作業だったと思う。それでも、ひとりの女性の、孤独で強烈な人生に1歩足を踏み入れてしまった責任を、作者は最後まで放棄せず全うした。この本は、一条さゆりの真実に迫ろうとしたノンフィクション小説であるのと同時に、一条さゆりの人生譚であり、作者の私小説でもあるように思う。

「愛情」というのは学ぶものではなく、幼少期に知らぬ間に身についているものなのかもしれない、と思った。多くの人が当たり前のように親兄弟や身近な人たちから愛されることで、大人になって「これが愛だ」と意識することなく、他者や自身に愛を注ぐことができるのかもしれない。幼少期に愛情を注がれず、大きなトラウマを抱えた一条さゆりは、他者に「愛されたいし、愛したい」と望んでも、どうしてよいのか分からなかったのだと思う。その場限りの屈折した愛情はのちのち相手にトラブルを招き、彼女はどんどん孤立してしまったけれど、愛を知らない彼女の愛情表現は、彼女にとって紛れもなく本当の愛情だったのだろうと思うと、胸がつまる思いだ。

読後に色々なことを思い巡らされる、いい本だった。若い頃にバイト先にいた、息を吐くように嘘をついていた男のことや、自分の祖母のことを想った。バイト先にいたコックのTは、顔をパンパンに腫らして出勤し「休暇中に格闘技のアマチュア世界大会に出た」と言うのでインターネットで調べるとそんな大会は開催されていなかったり、口の中を噛み切って血の混じった唾を吐いて「吐血した」と言ったり、大型犬を3匹飼っているというので名前を聞くとちょっと口ごもりながら「Aちゃん、Bちゃん、Cちゃん…」と答えたり、まったく無意味な嘘を吐く男だった。いつも給料を前借りして、いつの間にかいなくなっていた。また、一条さゆりが引退後に「ヤトナ芸者」をしていた、というくだりがあるのだが、私の祖母は、金銭的に苦しい知人や近所の女性に声をかけて、もぐりで仲居の斡旋業をしていた。祖母の話はとても長くなるので、ここには書かないけれど。

ちなみに、作者の他の本も読んでみたいと思って検索したけれど、他には出版されていないのか、見つからなかった。現在は、沖縄でカウンセラーとして活動しているようだ。

 

6月27日 土曜日 曇り

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9時半起床。朝食は作り置き人参ラペ(これにて使い切る)、アボカド、クリームチーズのオープンサンド。アボカドは買ってきて5日くらい経つのにやたら硬くてハズレだった。

夫に車で送ってもらって12時から美容院。その間夫はどこかで暇をつぶしてもらい、1時間後に迎えに来てもらう(ここ3ヶ月くらいの定番)。青山へ移動し「ふーみん」に行ってみたら大行列なので、先に夫のメガネを2つ修理に出す。修理には短くても半月くらいかかるそうなので、修理に出すメガネの色違いを購入。それからイソップでボディ用石鹸を購入。リンスフリーのハンドジェルは単品で店頭に売っていなかった。ローズの香水は我慢。メガネ屋もイソップも、店内入場制限をしていた。

ふーみんへ移動し、少し待って入店。せせチャンネルでふーみんを知り初めて来たけれど、近所だったら足繁く通いたいくらいファンになってしまった。お店の雰囲気も接客も良く、客席から見える厨房の活気には「やっぱり外食っていいな」としみじみと感じさせられた。我が家の定番となった「ひき肉納豆炒め」の正解を確かめようかとも思ったけれど、結局五目冷やし中華を食べた。とても美味しかった。

最寄駅2へ移動し、夫の新しいメガネのレンズを入れてもらう。待ち時間にスターバックスで小休止。無事メガネを受け取って帰宅。

 

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帰宅して洗濯の片付けやゴミ捨てを済ませ、夕食はせせチャンネルのレシピでいんげんをくたくたに蒸し煮にしたやつ。時間が調理してくれるやつ。味わい深く、作り置きにちょうどいいと思った。それから、プロシュートとスイカ。プロシュートは「生ハムメロンてやつを食べてみようか」なんて言って買ったものだけれど、あっという間にメロンを食べ切ってしまったので、そのまま食べた。缶ビール1本(第三のやせビー)、白ワインを2杯と赤ワイン1杯。

 

食事中も食後も本を読み進めて、深夜1時頃読破した。夫は先にシャワーを浴びて、エアコンの効いた涼しい寝室で先に寝ていた。読後の感傷に浸りながらシャワーを浴びて、寝室でちょっっと涼んでから髪の毛を乾かそう…なんて思っていたら、そのまま眠ってしまった。

6月26日 金曜日 曇りのち晴れ

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きょうの写真は無いので、2018年6月27日の写真を貼っておく。エスニックな和え飯と地味な和惣菜の夕食。

 

7時過ぎに目が覚めて、衝動的にずる休み。きょう実家の父は右目の白内障と老人性ナントカの手術をすることになっているので、なんとなく理由にした。母が付き添うので私はまったく関係ないことなのだけれど、来週の金曜日もそれ(入院・手術)を理由休暇を取ることにした。来週金曜日の休暇はもともと「私用」ってことで休むつもりだった。6月第2週くらいから、仕事に対してまったくやる気が無い。いくら毎日のように職場でモヤモヤしているからといってずる休み癖が定着してはよろしくないので、来週の金曜日以降は控えようと思う。差し当たり収入が無くなっては困るので、最低限の働く姿勢は見せねば。

せっかくのずる休みなのに、日中は中程度の頭痛に襲われ、洗濯を干すのがやっとだった。少し軽くなったところで本を読んだり、録画の「ザ・ノンフィクション」なんかを観たりしたけれど、頭痛がぶり返して結局寝たり起きたりの1日だった。夜夫が帰宅し、夕食を作る気力が無いのでCoCo壱のデリバリー。録画の「アメトーク」や「セブンルール」なんかを観て、少し本を読んで就寝。